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Teorije in raziskave

ボウルビィの愛着理論|発達段階と安全基地

Posodobljeno: 2026-03-19 20:04:31長谷川 理沙

保育園の朝、子どもが養育者の脚にしがみついたあと、少し落ち着くと先生に手を引かれて遊びへ向かう。
公園でも、いったん大人のそばに戻って安心してから、また滑り台へ走っていく。
この「離れる、戻る、また探索する」という見慣れた動きは、愛着理論の入口としてとてもよくできた場面です。

本記事は、愛着理論を基礎から整理したい人に向けて、愛着行動・安全基地・内的作業モデルという核をまず切り分け、ボウルビィが何を理論化し、エインズワース以降が何を観察し測定したのかを役割ごとに見ていきます。

ジョン・ボウルビィの理論は「子どもは不安のとき特定の養育者に近づき、安心すると探索へ戻る」という流れを軸にしており、その関係の機能が安全基地、経験が心の中に形づくられたものが内的作業モデルです。

4つの発達段階を年齢の目安と日常のイメージで並べ、さらに比較表で概念どうしの違いとつながりを一枚でつかめるようにすると、愛着理論は「分類名の暗記」ではなく、日常の行動と発達を結ぶ地図として読めるようになります。

関連記事愛着理論とは?愛着スタイル4タイプと大人の人間関係愛着という言葉は「愛情が深いかどうか」の話として受け取られがちですが、心理学でいう愛着は、ストレスや不安が高まったときに安心を求めて特定の相手に近づく行動システムを指します。

ボウルビィの愛着理論とは

ジョン・ボウルビィ(1907-1990)は、乳幼児が不安や脅威を感じたとき、特定の養育者に近づいて安心を取り戻し、その後ふたたび周囲を探索していくという流れを理論化した人物です。
ここでいう愛着とは、単に「甘えること」や「親が好きなこと」ではなく、特定の相手とのあいだに形成される情緒的な結びつきを指します。
ボウルビィはこの結びつきを、人間の発達に深く関わる基本的な仕組みとして捉えました。

この理論を初学者に伝えるとき、筆者は見知らぬ教室に入った子どもの姿を思い浮かべることがあります。
親の膝から少し離れて部屋を見回し、気になる玩具のほうへ進みかけたと思うと、また戻ってくる。
けれど膝の上で落ち着くと、今度はさっきより少し遠くまで行ける。
この往復は気まぐれではなく、「安心を足場にして探索する」という愛着理論の核心そのものです。
日本女子大学の心理学コラムでも、養育者が子どもにとっての安全基地として働くことが、愛着の理解で中心になると整理されています(『日本女子大学』によると)。

愛着行動と愛着そのものの区別

ここがポイントなのですが、愛着行動愛着そのものは同じではありません。
愛着行動とは、泣く、後追いする、しがみつく、抱きつくといった、養育者に近づこうとする具体的な行動です。
いっぽう愛着そのものは、それらの行動の背後にある情緒的な結びつきです。

たとえば、子どもが泣いたからといって、その瞬間だけで愛着の質まで判断できるわけではありません。
泣くこと自体は空腹や眠気でも起こりますし、後追いも状況によって強く出たり弱く出たりします。
ボウルビィ理論が見ていたのは、個々の行動の有無よりも、不安のときに誰のもとへ向かうのか、安心したあとにどう探索へ戻るのかという関係全体のパターンでした。

この違いを押さえると、「愛着がある子はいつも親から離れない」という誤解もほどけます。
実際には逆で、安心して戻れる相手がいるからこそ、子どもは外の世界へ手を伸ばせます。
安全基地という言葉はその機能をよく表しています。
怖くなったら戻れる、戻れば落ち着ける、落ち着いたらまた動ける。
この往復運動が見えてくると、泣く・抱きつくといった行動を単発で切り取るより、はるかに立体的に愛着を理解できます。

ボウルビィ理論の射程と発達心理学での位置づけ

ボウルビィの愛着理論は、乳幼児の対人関係を説明する基礎理論として、発達心理学の中で大きな位置を占めています。
とくに、子どもが生得的に他者との近接を求める傾向を持ち、その経験が後の対人理解にもつながるという見方は、発達を「認知の成長」だけでなく「関係の中での成長」として捉える視点を広げました。

学問的な意義は二つあります。
ひとつは、乳幼児の不安・分離・再会・探索といった日常場面を、ばらばらの現象ではなく一つのシステムとして説明したことです。
もうひとつは、そこでの経験が心の中に取り込まれ、後の自己理解や他者への期待に影響するという内的作業モデルの発想を示したことです。
つまり、愛着理論は「その場で親にくっつくかどうか」の話で終わらず、対人関係の土台がどう形づくられるかまで視野に入れています。

ボウルビィは愛着の発達を4段階で説明することでも知られています。
年齢区分は資料によって多少の表記ゆれがありますが、おおよそ、出生直後の未分化な反応から始まり、しだいに人を見分け、特定の養育者への接近がはっきりし、やがて相手の意図も踏まえて行動を調整していく流れとして理解できます。
この段階論が示しているのは、愛着が一気に完成するものではなく、関係の経験の中で組み上がっていくということです。

Cambridge Coreに掲載されたボウルビィ三部作の解説でも、ストレス下では探索が抑えられ、子どもは「より年長で賢い存在」を安全基地として求めると整理されています。
これは『Bowlby’s trilogy』でも示されています。
この見方によって、発達心理学は「子どもはなぜ親のもとへ戻るのか」という問いに、単なる依存ではなく、探索を支える機能として答えられるようになりました。

NOTE

愛着理論の中核イメージは「離れないこと」ではなく、「戻れるから動けること」です。親のそばにいる時間だけを見ると、理論の半分を見落とします。

Bowlby's trilogy | BJPsych Advances | Cambridge Corecambridge.org

ボウルビィとエインズワースの役割分担

愛着理論を学ぶときに混同されやすいのが、ボウルビィとメアリー・エインズワースの役割です。
整理すると、ボウルビィは理論を築いた人、エインズワースはその理論を観察研究によって精緻化した人と捉えるとわかりやすくなります。

ボウルビィは、分離への反応、接近行動、安全基地、内的作業モデルといった中核概念を理論的に組み立てました。
代表的な仕事がAttachment and Loss三部作で、第1巻Attachmentが1969年、第2巻Separationが1973年、第3巻Lossが1980年に刊行されています。
理論史の整理としては、別府大学リポジトリに収められた論考ジョン・ボウルビィの愛着理論―その生成過程と現代的意義―が、生成過程とその後の修正点まで見渡しやすくまとめています。
初期の受容と再検討の流れも同論考で確認できます(ジョン・ボウルビィの愛着理論―その生成過程と現代的意義―)。

いっぽうエインズワースは、乳児と養育者の相互作用を丁寧に観察し、のちにストレンジ・シチュエーション法として知られる方法を発展させました。
これは、短い分離と再会の場面で子どもの反応を観察し、愛着のパターンを実証的に捉えようとするものです。
ここから安定型、回避型、両価型(葛藤型)が基本分類として整理され、後に無秩序型が加わりました。
つまり、ボウルビィが「何を説明する理論なのか」を与え、エインズワースが「その違いをどう観察するか」を具体化したわけです。

この役割分担を押さえると、愛着理論を「分類名の一覧」として覚える見方から離れられます。
分類は理論の出口であって出発点ではありません。
出発点にあるのは、子どもが不安のときに誰を求め、安心するとどう世界へ戻っていくのかという、ごく日常的で観察可能な問いです。
見知らぬ教室で親の膝から離れては戻るあの動きも、まさにその問いへの答えを含んでいます。

歴史的背景|ボウルビィは何を問題にしたのか

母性剥奪研究と戦後社会の課題

愛着理論が生まれた背景には、1950年代の母性剥奪研究と、戦後社会が直面していた子どもの養育環境の問題があります。
第二次世界大戦後には、孤児や長期入院児、施設で育つ子どもへの関心が高まりました。
そこで問われたのは、食事や衛生が満たされていても、安定した養育者との継続的な関係が失われると何が起こるのかという点です。
ボウルビィはこの問いを、単なる「甘え」やしつけの問題ではなく、発達の基盤に関わる問題として扱いました。

この文脈でボウルビィが問題にしたのは、子どもの苦痛がそれまでの理論では十分に説明されていないことでした。
養育者と離れた子どもが泣き、探し、やがて無反応のように見える場面は、表面だけ見ると「慣れた」と受け取られがちです。
けれどSeparationで掘り下げられたのは、その沈静化が安心の回復を意味するとは限らない、という視点です。
入園したばかりの幼児が、朝は激しく泣いていたのに数日後には泣かなくなり、周囲からは落ち着いたように見えることがあります。
しかし、その内側で分離への緊張が続いている可能性まで考えると、見え方は変わります。
ここに、ボウルビィ理論の鋭さがあります。

ジョン・ボウルビィの愛着理論―その生成過程と現代的意義―でも整理されているように、当初の議論は「母親」の不在を強く打ち出したため、母親偏重と受け取られました。
ただ、後の理解では、焦点は特定の母親そのものよりも、安定して応答してくれる愛着対象との継続的関係にあります。
戦後の施設養育や長期分離の問題は、愛着理論を生んだ歴史的条件であると同時に、誰が子どもの安全基地になるのかを問い直す契機でもありました。

学際的影響:精神分析・比較行動学・進化論・制御理論

ボウルビィの独創性は、1つの学派の中だけで愛着を説明しなかった点にあります。
出発点には精神分析があります。
とくに幼少期の対人関係が後の人格形成に影響するという視点は受け継がれましたが、ボウルビィはそこにとどまりませんでした。
空想や欲動だけでなく、現実の養育関係のなかで子どもがどうふるまうかを、観察可能な行動として捉え直したのです。

比較行動学の影響も見逃せません。
コンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz)の刷り込み研究が示したように、幼い個体が特定の存在へ接近する傾向は、生存に関わる行動として理解できます。
さらに進化論の観点を取り入れることで、ボウルビィは愛着行動を「未熟さ」ではなく、危険から身を守るために進化した適応的システムとして位置づけました。
怖いときに養育者のそばへ戻る行動は、気分の問題ではなく、生存戦略として筋の通った反応だというわけです。

ここに制御システム理論も加わります。
これは、行動を固定された反射ではなく、状況に応じて調整されるシステムとして見る考え方です。
ボウルビィは、子どもが不安や脅威を感じたときには接近行動が高まり、安心が回復すると探索が再開されると考えました。
Bowlby’s trilogyでも、第1巻の要点として、ストレス下では探索が抑制されると整理されています。
そこでは、子どもが年長で頼れる存在を安全基地として求めることが指摘されています(『Bowlby’s trilogy』。
たとえば、知らない公園で子どもが一度親の脚にしがみつき、安心したあとで滑り台へ向かう場面は、この発想でよく説明できます。探索は安心の上に成り立つという見方が、愛着理論を発達心理学の中心的理論に押し上げたのです)。

三部作(1969/1973/1980)の要点と理論の核

ボウルビィの考えは、Attachment and Loss三部作によって体系化されました。
刊行年は、Vol.1Attachmentが1969年、Vol.2Separationが1973年、Vol.3Lossが1980年です。
第1巻では、子どもが特定の養育者に接近しようとする愛着行動と、その相手が安全基地(secure base)として機能することが理論の中心に据えられました。
安心が保たれると探索へ向かい、不安が高まると接近へ戻る。
この往復運動が愛着の核です。

第2巻Separationでは、分離が子どもに与える影響が詳しく論じられます。
ここでのポイントは、分離不安を単なる未熟さや依存として片づけないことです。
養育者との距離が突然広がると、子どもの行動システム全体が揺さぶられます。
入園初期に、教室では遊んでいるように見えても、迎えの時間になると一気に緊張がほどけて泣き出す子がいます。
こうした場面を思い浮かべると、分離はその瞬間だけの出来事ではなく、子どもの内側で持続するテーマだと直感しやすいのではないでしょうか。

第3巻Lossでは、喪失への反応が扱われます。
ここでは悲嘆や絶望が、関係を失ったことへの自然な反応として位置づけられました。
つまり三部作は、愛着の形成、分離への反応、喪失の意味をつなげて、人が他者との関係をどう心の中に保つのかを描いた仕事だったと言えます。
のちの内的作業モデル(internal working model)の議論も、この流れの中で理解するとつながります。
信頼できる相手がいるという経験は、世界へ出ていくための見通しを形づくり、反対に関係の不安定さは対人関係の予期にも影を落とします。
ボウルビィが問題にしたのは、親子関係の情緒的な温かさそのものだけではなく、人が安心を足場にして世界を探索できるのはなぜかという、より広い発達の問いだったのです。

愛着の発達段階4つ

ボウルビィの整理では、愛着の発達は大きく4段階で捉えられます。
ここで示す年齢区分は資料間で表記にゆれがあり、ボウルビィ自身が厳密な週数を固定したわけではないため、以下はあくまで目安です。
おおむね「誕生〜数週」「数週〜6か月頃」「約6か月〜2歳」「2歳以降」といった流れで、未分化な反応から特定の養育者への接近がはっきりしていくと理解するとよいでしょう。

第1段階:誕生〜約12週

この時期は、泣く、吸う、しがみつく、視線を向けるといった反応がまだ特定の相手だけに強く向く段階ではありません
赤ちゃんは不快や空腹、眠気で泣き、抱かれると落ち着くことがありますが、その反応は比較的広く周囲の大人に向きます。
言い換えると、「誰でも同じ」ではないにせよ、まだ「この人でないとだめ」という形までは固まっていません。

日常では、授乳やおむつ替えのあとに泣き声がすっと弱まり、抱っこした大人の胸元で表情がゆるむ場面が浮かびます。
家庭でも、夜中に泣いていた赤ちゃんが抱き上げられて体勢を変えるだけで落ち着くことがあります。
筆者はこの時期の子どもを見ると、愛着がまだ未分化である一方で、身体的な不快を誰かに調整してもらう経験そのものが土台になっていくことを実感します。
ここでは後追いや探索はまだ目立ちませんが、泣いて近くの大人を引き寄せる行動は、愛着行動の原型として見ることができます。

第2段階:約12週〜6か月

この段階に入ると、赤ちゃんは養育者の声、顔、抱き方の違いを少しずつ見分け始めます。
泣いたときにいつも応答してくれる人へ、笑顔や発声、手足の動きがより強く向くことが増えてきます。
まだ本格的な後追いは少ないものの、特定の人への選好がにじみ出る時期です。

たとえば保育現場では、午前中は機嫌よく過ごしていても、いつも迎えに来る保護者の姿が見えると表情がぱっと変わり、身体を乗り出す子がいます。
公園でも、ベビーカーから降りて周囲を見ていた子が、少し不安になると近くの養育者へ視線を戻し、声をかけられるとまた周囲に関心を向けることがあります。
こうしたやりとりは、人見知りの前段階のように見えることもあります。

この頃は探索も芽生え始めますが、床のおもちゃへ手を伸ばしては大人の顔を見上げる、といった往復が特徴的です。
筆者は訪問支援の場面を思い浮かべることがありますが、養育者の膝でひと息ついたあとに、また玩具へ腕を伸ばす子どもを見ると、「安心すると好奇心が戻る」という安全基地の働きが感覚的によくわかります。
泣くことはまだ主要なシグナルですが、その泣きに対して誰がどう応じるかが、関係の輪郭をはっきりさせていきます。

第3段階:約6か月〜2歳

この段階が、一般に「愛着がはっきり見えやすい時期」です。
特定の養育者への接近が明確になり、人見知り、分離への抗議、後追いが目立ってきます。
知らない人に抱かれると泣く、養育者が部屋を出ると不安になる、出ていく後ろ姿を追ってハイハイする、といった行動はこの時期の代表例です。

家庭では、台所へ移動した保護者のあとを、子どもが泣きながら追いかける場面がよくあります。
保育園の朝にも、玄関では保護者にしがみついて離れず、数分後には保育者のそばで遊び始める子がいます。
この切り替わりは気まぐれではなく、安心を回復したあとで探索へ戻るという愛着行動の流れに沿っています。
約12か月ごろの子どもが対象になりやすいストレンジ・シチュエーション法でも、分離と再会の場面でこうした接近、泣き、落ち着きの回復、探索の再開が観察されます。
サイコタム「ストレンジシチュエーション法」が整理するように、再会時のふるまいは愛着のあり方を見るうえで中心的な手がかりになります。

探索のしかたにも、この段階らしさがあります。
少し離れた場所まで行って遊び、ふと振り返って養育者を確認し、また遊びに戻るという「探索と再接近」の往復です。
公園で砂場に夢中になっていた子が、急に知らない大きな犬を見て養育者の脚にしがみつき、抱っこで落ち着いたあと再びスコップを握る場面は、その典型です。
後追いが強いと「離れられない状態」に見えますが、理論的にはむしろ、戻れる相手がいるからこそ少しずつ世界へ出ていける段階だと捉えられます。

第4段階:2歳以降

2歳以降になると、子どもは養育者の行動や意図をある程度見通しながら動けるようになります。
ボウルビィはこれを、相手の目標も踏まえて関係を調整する段階として説明しました。
泣くことや後追いが消えるわけではありませんが、その出方は少し変わります。
目の前からいなくなるたびに強く抗議するというより、「あとで戻ってくる」「ここで待っていれば会える」といった理解が育ち、待つ、約束を手がかりにする、言葉で確認するといった行動が増えます。

たとえば保育園の預け始めでは泣いていた子が、しばらくすると「お仕事のあと迎えに来る?」と確認してから教室へ入るようになります。
公園でも、少し遠くまで走っていって遊びながら、ときどき大人の位置を確かめ、必要なときだけ戻ってくる姿が見られます。
探索の幅が広がるのは、養育者の存在を心の中である程度保てるようになるからです。
ここには、前のセクションで触れた内的作業モデルの芽生えともつながる面があります。

筆者が印象に残っているのは、園庭で転んだあと、以前は泣いて抱きつくばかりだった子が、2歳を過ぎるころには保育者の顔を見て近寄り、短く抱かれると「もう行く」と言ってまた遊びへ戻る姿です。
再接近そのものは続いていますが、行動はより見通しをもったものに変わります。
愛着は依存の固定ではなく、安心を持ち運びながら行動の自由度を広げていく過程として見ると、この第4段階の意味がつかみやすくなります。

安全基地とは何か

定義と中核イメージ

安全基地とは、子どもが不安や脅威を感じたときに戻って安心を回復し、そこからまた外の世界へ向かっていける心理的な拠点のことです。
ここでいう「基地」は、ただ近くにいる人という意味ではありません。
怖い音がした、知らない場所に来た、転んで驚いた、といった場面で接近すると落ち着きが戻り、そのあとに探索や遊びを再開できる相手として機能していることがポイントです。

この考え方はジョン・ボウルビィの愛着理論の中核にあり、のちにメアリー・エインズワースの観察研究によって、行動レベルでより具体的に捉えられるようになりました。
『日本女子大学 心理学コラム』でも整理されているように、安全基地は「不安なときに避難する場所」であるだけでなく、「安心を足場にして探索するための出発点」でもあります。
ここが、単なる保護や接触の話では終わらないところです。

筆者はこの概念を説明するとき、見知らぬ公園での子どもの動きを思い浮かべます。
遊具へ数歩近づいては親のほうを振り返り、親がそこにいると確認すると、また前へ進む。
あの視線の往復には、「離れたい」と「つながっていたい」が同時に入っています。
安全基地は、その両方を支える関係の働きだと捉えると、イメージがつかみやすくなります。

アタッチメント(愛着)とは | 心理学コラム | 日本女子大学 心理学科 オリジナルWebページjwu-psychology.jp

探索行動との往復

愛着理論では、子どもの行動は大まかにいえば「近づいて守られたい」という接近の流れと、「外の世界を確かめたい」という探索の流れのあいだで調整されています。
安全基地の機能が見えるのは、この二つが切り替わる瞬間です。
何も怖くないときには周囲へ関心が向き、少し不安が高まると養育者へ近づく。
そして安心が戻ると、また探索へ出ていく。
この往復がスムーズであるほど、子どもは世界に向かうエネルギーを保ちやすくなります。

ここでの要点は、愛着行動と探索行動が対立するものではないということです。
養育者への接近が強いから探索できないのではなく、戻れる相手がいるから探索できるのです。
ボウルビィはこの関係を理論化し、エインズワースは母子観察やストレンジ・シチュエーション法の研究を通して、再会後に落ち着きを取り戻し、再び玩具や部屋の探索に向かう姿を丁寧に捉えました。
安全基地は、依存の反対側にある自立を妨げるものではなく、自立へ向かうための支えとして位置づけられます。

日常場面に置き換えると、この往復はとても具体的です。
たとえば保育室で子どもが転んで泣き、保育者のもとへ走っていく。
抱き上げられて呼吸が整い、表情が戻ると、少ししてまた積み木の場所へ戻っていく。
家庭でも、初めての場所で親の膝に乗って周囲を見ていた子が、落ち着いたあと床のおもちゃへ手を伸ばすことがあります。
筆者には、その切り替わりが「好奇心が戻る瞬間」として見えます。
安全基地とは、その瞬間を生み出す関係の働きです。

NOTE

安全基地は「いつも密着している状態」ではなく、「必要なときに戻れ、落ち着いたらまた離れていける状態」を指します。

“甘やかし”との違いと日常例

安全基地は、ときどき「すぐ抱くと甘えるのでは」「そばにいると自立できなくなるのでは」という理解と混同されます。
ですが理論上の安全基地は、依存を固定する仕組みではありません。
不安が高まったときに接近を受け止め、安心の回復を通じて探索へ戻す機能です。
つまり目標は、子どもを大人のそばに縛りつけることではなく、外の世界へ向かう力を支えることにあります。

この違いは、行動のその後を見るとわかります。
単に要求が通ったから落ち着くのではなく、安心したあとで子どもの関心が再び外へ向くなら、安全基地として働いていると考えられます。
反対に、「近づくこと」自体が目的になって探索が広がらない状態とは、理論的な意味合いが異なります。
エインズワースが精緻化した観察研究でも、注目されたのは再会そのものではなく、再会を足場にして子どもがどう立ち直り、どう探索へ戻るかでした。

たとえば公園で子どもが走っていて転び、泣きながら親のところへ戻る場面があります。
親が抱きとめて「びっくりしたね」と応じると、子どもは少しして地面を見直し、また滑り台のほうへ向かう。
この流れは甘やかしではありません。
衝撃や不安を一人で抱えきれないときに、いったん調整を手伝ってもらい、その後の行動を立て直しているからです。
保育でも同じで、先生の足元に来て安心した子が、落ち着いたあと友だちの遊びへ戻っていくなら、そこには探索を支える関係の機能が見えています。

筆者は、安全基地を「離れさせるために突き放す」の反対語としてではなく、「戻れるから離れていける」という循環で理解するほうが、現場の子どもの姿に合っていると感じます。
親を何度も確認しながら遊具へ進む子どもの視線は、依存のしるしというより、安心を確かめながら世界を広げていく動きそのものです。
安全基地をそう捉えると、愛着理論が目指していたものが、保護か自立かの二択ではないことが見えてきます。

内的作業モデルとは何か

自己モデルと他者モデル

内的作業モデルとは、幼少期の愛着経験が心の中に取り込まれ、その後の対人関係の“予想のしかた”を形づくる枠組みです。ボウルビィの理論史を整理したジョン・ボウルビィの愛着理論―その生成過程と現代的意義―でも、この概念は愛着理論の中核として位置づけられています。
ここでいう「作業モデル」は、頭の中にある厳密な信念一覧というより、人と関わるときに半ば自動で働く期待の地図と考えるとつかみやすくなります。

その中心には、自己モデル他者モデルがあります。
自己モデルは「自分は助けてもらえる存在か」「困ったときに頼ってよい人間か」といった、自分に向けられた見立てです。
他者モデルは「相手は応じてくれるか」「近づいたときに受け止めてくれるか」といった、他者への見立てを指します。
たとえば、つらいときに声を上げると落ち着いて応じてもらえた経験が重なると、「助けを求めても見捨てられない」「人は状況によって支えになってくれる」という期待が育ちやすくなります。
反対に、近づいても退けられたり、反応が読めなかったりする経験が続くと、「頼っても無駄かもしれない」「近づくと傷つくかもしれない」という予想が前面に出やすくなります。

ここがポイントなのですが、内的作業モデルは単なる“性格”の言い換えではありません。
対人場面で何を予期し、どこで身を引き、誰に相談し、どの距離なら安心できると感じるかに広く関わります。
成人期でいえば、困りごとが起きたときに、頭で考える前に「この人なら連絡しても大丈夫だ」と浮かぶ相手がいるかどうかにもつながります。
筆者自身、この概念を説明するとき、仕事で行き詰まった夜に誰へメッセージを送るかという場面をよく思い浮かべます。
こちらの事情を雑に扱わず、返事がすぐでなくても無視された感じがしない相手には、ためらいが少ないものです。
その直感は、その場の判断だけでできているのではなく、これまでの「頼ったとき、どう扱われたか」の蓄積と結びついています。

つまり内的作業モデルは、過去の関係経験が現在の対人期待に変換されたものです。
相談先の選び方、近づきすぎることへの警戒、支援を求めるときの遠慮の強さなどは、その影響が見えやすい部分だといえます。

形成と更新

研究によっては乳児期から成人期まである程度の連続性が報告されることがあり、追跡研究の中には約60%程度の一致率を示すものもあります。
ただし、この「約60%」という数値は特定の研究に基づく報告の一つであり、追跡期間・対象集団・測定法の違いによって大きく変わります。
したがって、研究間でばらつきがあることに留意し、固定的な割合として扱うのは適切ではありません。

内的作業モデルは、過去の経験を保存する箱というより、次の関係をどう読むかを決める予測装置として考えると理解が深まります。

安全基地との違い

安全基地と内的作業モデルは密接ですが、同じものではありません。
安全基地は、養育者や身近な他者が不安の高まりを受け止め、安心を足場に探索へ戻れるよう支える関係の機能です。
これに対して内的作業モデルは、その関係経験が心の中に取り込まれた表象レベルの期待です。
外で起きている働きと、内面に残る予測を分けて捉えると、両者の役割が整理できます。

下の表に並べると違いが見えます。

項目安全基地内的作業モデル
意味不安時に戻り、安心を回復して探索へ向かうための拠点自己と他者についての内面化された期待の枠組み
レベル機能レベル — 関係がどう働くか表象レベル — 心の中でどう予測するか

| 焦点 | その場の接近・安心回復・探索再開 | 自分は頼ってよいか、相手は応じるかという見通し | | 日常の例 | 落ち込んだとき、そばにいる相手の存在で気持ちが整う | 困ったとき、誰に連絡するかが自然に決まる |

この区別を知っておくと、幼少期経験が後の人間関係につながる経路も見えやすくなります。
子ども時代に安全基地として機能する関係を多く経験すると、その経験は内的作業モデルとして蓄積され、成人期には「相談しても大丈夫そうな相手を選べる」「必要なときに距離を縮め、落ち着いたらまた自分の活動へ戻れる」といった形で表れやすくなります。
反対に、安全基地の機能が不安定だった場合には、相談先を思い浮かべる時点で強いためらいが出たり、近づきたいのに急に引いたり、支援を受ける場面で過度に警戒したりすることがあります。

つまり、安全基地は関係のなかで起きる支えの働きであり、内的作業モデルはその支え方が自分の中にどう残ったかを示す概念です。
この二つを切り分けることで、「幼少期の経験が大人の対人関係に影響する」とは、単に昔の出来事を引きずるという意味ではなく、過去の関係のパターンが現在の対人期待として作動しているということだと見えてきます。

代表研究|エインズワース、ハーロウ、AAI

ストレンジ・シチュエーション法

愛着理論が「もっともらしい考え」にとどまらず、観察で確かめられる枠組みとして広がった転機の一つが、エインズワースらによるストレンジ・シチュエーション法です。
これはAinsworthらが1978年にまとめた方法で、代表的には約12か月児を対象に、養育者との短い分離と再会の場面を観察し、その子が不安をどう示し、再会でどう落ち着きを取り戻すかを見ます。
日本女子大学の心理学コラムでも整理されている通り、ここで焦点になるのは「泣いたかどうか」だけではなく、再会が安心の回復として機能しているかです。

筆者はこの手続きを学ぶとき、まるでテレビ越しに同じ再会場面を見比べるように理解すると腑に落ちると感じました。
養育者が部屋に戻った瞬間、ある子はすぐに近寄って抱きつき、少し落ち着くとまた床のおもちゃへ手を伸ばします。
安全基地からいったん充電して、探索へ戻る感じです。
別の子は、養育者が戻ってきても視線をそらし、近づかず、平気そうに遊び続けます。
さらに別の子は、強くしがみついているのに同時に怒ったように身をよじり、なかなか落ち着きません。
文字だけで分類名を覚えるより、この「再会の質」を映像的に思い浮かべると違いがつかめます。

この観察から、もともとは安定型(Secure)、回避型(Avoidant)、両価型・葛藤型(Ambivalent/Resistant)の3分類が整理されました。
のちにMainらの研究で無秩序型(Disorganized)が加えられました。
安定型は、分離で動揺しても再会で安心を回復しやすいパターンです。
回避型は、表面上は落ち着いて見えても、養育者への接近が目立ちません。
両価型は、接近したいのに怒りや抵抗も強く、再会が落ち着きに結びつきにくいパターンです。
無秩序型は、接近と回避がまとまらず、行動の組織化が崩れて見える点に特徴があります。

ここがポイントなのですが、ストレンジ・シチュエーション法は子どもの性格をその場で断定するテストではありません。
あくまで、特定の観察条件で表れた愛着行動のパターンを読む方法です。
『サイコタムの解説』でも、文化差や場面依存性が限界として挙げられています。
つまり、同じ行動でも、その文化で子どもに期待される振る舞いや、実験場面への慣れの違いが影響しうるわけです。
SSPは愛着研究の基準点になった方法ですが、どの文脈でもそのまま当てはめられる万能な物差しではありません。

psychoterm.jp

ハーロウの代理母研究

エインズワースの乳児観察と並んで、愛着の理解に強い印象を与えたのが、1950〜60年代のハーロウによる代理母研究です。
対象は人間の乳児ではなくアカゲザルの幼体でしたが、この研究は「栄養を与えること」だけでは愛着を説明しきれないことを鮮やかに示しました。

よく知られているのは、ミルクを与える針金の代理母と、柔らかい布で覆われた代理母を比べた条件です。
幼体ザルは授乳の有無だけでなく、触れたときの柔らかさや抱きつける感触のある対象に長くとどまる傾向を示しました。
ここから注目されたのが接触快、つまり「安心できる触覚的なぬくもり」の役割です。
愛着が単なる食物報酬ではなく、不安を鎮める関係的な機能をもつという考えに、この研究は強い後押しを与えました。

ただし、この知見を人間の親子関係へ一直線に移すことはできません。
サル研究は機序の一端を示すうえで有力ですが、人間の愛着には言語、相互期待、家庭環境、複数の養育者との継続的なやり取りなど、より厚い社会的文脈が含まれます。
ハーロウ研究の価値は「人間も同じだ」と言い切る点ではなく、安心をもたらす接触や関係の質そのものが、行動の土台になることを示した点にあります。
ボウルビィが理論化した安全基地の発想とも、ここでつながってきます。

成人愛着面接

乳児期の愛着を観察するSSPに対して、成人期の愛着表象を調べる代表的手法がMainらによる成人愛着面接、いわゆるAAIです。
これは1985年以降に発展した半構造化面接で、子ども時代の養育経験や親との関係について語ってもらい、その内容の「良し悪し」ではなく、語りがどれだけ整合的で首尾一貫しているかを評価します。

たとえば、「親はとても愛情深かった」と語りながら、具体例を求められると「特に思い出せません」と話が空転する場合、評価の焦点になるのは思い出の量そのものではなく、語りの構成や矛盾の出方です。
現在の対人関係を自己申告で尋ねる質問紙とは異なり、AAIは過去の関係経験が心の中でどう整理されているか、言い換えると愛着の表象に迫ろうとします。

分類では、F(自律型、secure-autonomous)やDs(愛着軽視、dismissing)などの整理がよく使われます。
E(とらわれ、preoccupied)やU(未解決、unresolved)も区別されます。
Fは経験を理想化しすぎず貶めすぎず、比較的一貫した語りを示す型です。
Dsは愛着の重要性を切り下げる傾向があり、Eは過去の関係に巻き込まれたまま語りが拡散しやすい型として整理されます。
Uは喪失やトラウマに関する語りで、統合の揺らぎが見られる場合に付されます。

国立国会図書館に収載された資料群では、AAIの所要時間は約45分〜1時間とされています。
この長さだけでも、研究や実務での運用負荷が想像できます。
面接そのものに加えて逐語化やコーディングの訓練も必要なので、質問紙より手間はかかります。
その分、表面的な自己評価では取りこぼしやすい、語りのまとまり方や防衛的な処理のされ方を捉えられる点がAAIの強みです。
筆者はこの方法を知ったとき、「何を経験したか」だけでなく「その経験をどう語れるか」が研究対象になるところに、愛着研究の成熟を感じました。

NOTE

SSPが再会場面での行動を見る方法だとすれば、AAIは過去の関係経験が成人の語りの中でどう組み立てられているかを見る方法です。
対象もデータの形も違うため、同じ「愛着分類」でもそのまま横並びにはできません。

乳児研究(SSP)と成人研究(AAI)の違い

SSPとAAIは、どちらも愛着を扱いますが、見ているものは同一ではありません。
SSPが捉えるのは、乳児が養育者との分離・再会で示す行動パターンです。
これに対してAAIが捉えるのは、成人が過去の愛着経験をどのように語りとして組織しているかです。
前者は観察法、後者は半構造化面接であり、同じラベルを共有していても測定レベルが異なります。

この違いを踏まえると、「乳児期に安定型なら大人になっても同じか」という問いにも慎重さが必要になります。
一部資料では、乳児期から成人期まで愛着の安定性が約60%維持されるとされています。
たとえば『心理学用語集』にはその趣旨の記述がありますが、単一ソース依存の数値なので、そのまま強い一般則として扱うより、「一定の連続性を示す報告はある」と読むほうが妥当です。
100名を長期に追ったら約60名が同じ傾向を保つ、というイメージは持てますが、残りは変化しうるわけで、そこには養育環境の変化やその後の対人経験が関わってきます。

研究史の流れとして見ると、エインズワースは乳児期の関係を観察可能な形にし、Mainはその延長線上で成人の内面化された愛着表象を測る道具を整えました。
ボウルビィが理論化した愛着行動、安全基地、内的作業モデルという枠組みが、乳児の再会行動から成人の語りの整合性まで、異なる方法で検証されてきたことになります。
理論が強いのは、抽象的だからではなく、こうした複数の方法で少しずつ照らされてきたからです。

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愛着理論の批判と現代的な見直し

母親偏重から“安定した養育関係”へ

愛着理論への代表的な批判のひとつが、初期の受け取られ方に「母親偏重」が混ざりやすかったことです。
ボウルビィは分離や喪失の影響を強く論じましたが、その議論が社会の側で単純化されると、「母親が常に子どものそばにいなければならない」という読み替えが起こります。
けれども、現代の理解はそこから一歩進んでいます。
焦点になるのは“母親であること”そのものではなく、子どもにとって予測可能で、継続して応答してくれる養育関係があるかです。

ここがポイントなのですが、安全基地として機能するのは、肩書きとしての母親ではありません。
子どもが不安になったときに戻れ、落ち着いたあとにまた探索へ向かえる相手が、日常のなかで一貫して存在していることが核になります。
したがって、父親、祖父母、保育者、里親などが主要な養育者になる場合でも、その関係が安定して積み重なっていれば、愛着形成の土台になりえます。

筆者は保育現場の観察記録や支援事例を読むたびに、この点が実感を伴って見えてくると感じます。
朝の受け入れで泣いていた子が、毎日同じ保育者に抱かれて落ち着き、その後は自分から玩具棚へ向かっていく場面があります。
あるいは、親の就労の都合で祖母と過ごす時間が長い家庭では、転んだ拍子に祖母の膝へ戻り、顔を上げるとまた遊びに戻っていくこともあります。
里親家庭でも、生活リズムと応答の一貫性が整ってくるにつれて、子どもの警戒がほどけ、周囲への関心が戻ることがあります。
こうした具体場面を見ると、「愛着は母親にしか成立しない」という先入観は、現実の子どもの姿をうまく説明しません。

別府大学リポジトリの理論史の整理でも、愛着理論はその後の研究のなかで修正と拡張を受けてきたことが確認できます。
今日の議論では、養育者の固定性と継続性、そして相互作用の質をどう捉えるかが中心で、「誰でなければならないか」という問い方そのものが見直されています。

気質・文化差・測定法の限界

愛着研究を読むとき、子ども側の要因を外してしまうと見取り図が粗くなります。
その代表が気質です。
生得的な反応の強さ、初めての場面での慎重さ、刺激への敏感さといった傾向は、分離や再会の場面での振る舞いに影響します。
つまり、同じ養育環境でも、もともと警戒心が高い子と、すぐに周囲へ向かう子では、観察される行動の形が違って見えます。
愛着理論が養育経験の意味を示したことは大きな貢献ですが、そこに気質要因を重ねて読まないと、「行動の違い=養育の違い」と短絡しやすくなります。

文化差も見逃せません。
乳児の愛着パターンを調べるSSPは、約12か月児を代表的な対象として発展してきた方法ですが、その分類比率はどの文化でも同じとは限りません。
養育慣習が異なれば、分離そのものの珍しさや、再会時に期待される振る舞いも変わるからです。
たとえば、子どもを日常的に大人の近くで育てる文化と、早い時期から自律的なふるまいを促す文化では、「望ましい反応」の輪郭がずれます。
SSPは有力な観察法ですが、そこで得られた分類をそのまま普遍的な人間像とみなすと、文化の違いを吸収しきれません。

測定法そのものの限界も整理しておく必要があります。
SSPは短時間の分離・再会場面という、よく統制された設定で強みを発揮しますが、そのぶん場面依存性があります。
その子がその日どれだけ疲れていたか、初めての実験室にどれだけ緊張したかといった要素が、行動の見え方に入り込みます。
成人を対象にしたAAIも同様で、語りの整合性を細かく読むために、面接だけでなくコーディングの訓練負荷が大きい方法です。
面接自体でも約45分〜1時間かかるので、研究でも実務でも大量実施には向きません。
1日を通して無理なく回すなら、記録の時間も含めて6人前後が現実的だろうと筆者は感じます。
豊かな情報が取れる一方で、簡便な尺度ではないのです。

WARNING

愛着研究の測定は、「子どもや大人の本質を一度で見抜く検査」ではありません。
SSPは再会場面の行動、AAIは過去経験の語り方を捉える方法で、どちらも切り取っている面が異なります。

加えて、前節で触れたハーロウの研究のような動物実験は、接触快の意義を示すうえで示唆的でも、人間の家族関係へそのまま広げることはできません。
人間の愛着には、言語、記憶、役割分担、家庭外の支援資源まで含まれます。
近年は、こうした限界を前提にしたうえで理論を使い直す流れが強まっており、2025年の愛着理論再検討特集でも、分離や喪失を理論の中心に置いてきた伝統をどう位置づけ直すかが論点になっています。
古典理論を退けるのではなく、何が有効で、どこに補助線がいるのかを吟味する段階に入っているわけです。

三歳児神話との距離と歴史的文脈

日本で愛着理論が語られるとき、しばしば「三歳児神話」と近いものとして理解されます。
つまり、三歳までは母親が家庭で育てなければならず、そうでなければ子どもの発達に深刻な影響が出る、という考え方です。
ただ、この結びつけ方は歴史的にはわかりやすくても、理論的にはそのまま重ねられません。

ボウルビィの三部作Attachment and Lossは1969年、1973年、1980年に刊行され、分離や喪失の影響を体系的に扱いました。
そこには、戦争、施設養育、長期分離といった当時の社会状況が強く反映されています。
したがって、理論が生まれた文脈をたどると、「幼い子どもに継続した養育関係が必要だ」という主張は確かに中心にあります。
けれども、そのことと「母親が三歳まで四六時中みるべきだ」という社会規範は同じではありません。

ここを混同すると、歴史的に形成された育児規範に、愛着理論が学術的なお墨付きを与えたかのように読めてしまいます。
実際には、現代の研究は、保育の利用そのものを一律に否定する方向には進んでいません。
問われるのは、子どもの生活のなかに安定して応答する大人がいるか、その関係が継続しているかです。
保育園に通っていても、家庭でも園でも見通しのある関係が保たれていれば、子どもは複数の大人とのあいだに安心の足場を作っていきます。
逆に、家庭内にいても応答が極端に不安定なら、安全基地の機能は弱まります。
論点は就労の有無ではなく、関係の質と継続性にあります。

筆者はこの話題に触れるたび、歴史的文脈を抜いた断定が、親を不必要に追い詰めると感じます。
祖父母の送り迎えが日課になっている家庭、同じ担任保育者とのやり取りが子どもの一日のリズムを支えている場面、里親との生活のなかで少しずつ表情がゆるむ子どもの姿を見ると、子どもが必要としているのは「母親という単独の記号」ではなく、自分を受け止めてくれる関係の連続だとわかります。

その意味で、「三歳児神話」と愛着理論の距離は、近いようでいて重なりません。
理論史としては、分離・喪失への強い関心がこの発想を後押ししたのは事実です。
しかし現代の再検討では、その遺産を引き継ぎつつも、母親規範へ短絡させない読み替えが進んでいます。
古典理論を歴史のなかに置き直すことが、いまの家族の多様なかたちを説明するための前提になっています。

日常でどう理解すると役立つか

子どもの場面での見え方

愛着理論を日常で理解するうえで、まず役立つのは、子どもの行動を「離れないかどうか」だけで見るのではなく、不安の高まりと安心の回復、そのあとに再び探索へ向かう流れとして捉えることです。
前述の安全基地という考え方は、この往復の動きにもっともよく表れます。

筆者が保育の場面を観察していて印象に残るのは、転んだ子が泣きながら保育者の胸元に顔を押しつけ、しばらく腕の中で呼吸を整えたあと、急に視線が園庭のほうへ戻る瞬間です。
さっきまでしゃくり上げていたのに、数分すると自分から体を離し、何事もなかったようにまた走っていく。
その場面を見ると、愛着は「べったりくっついている状態」ではなく、戻れる場所があるから外へ向かえる働きだと腑に落ちます。

ここで観たいのは、戻ってきたこと自体を問題視することではありません。
不安が高まったときに接近し、落ち着きを取り戻したら再び周囲に関心を向ける。
その循環があるなら、関係が探索を支えていると読めます。
子どもの行動は一見すると気まぐれですが、よく見ると「今は近くにいたい」「もう大丈夫そうだ」という切り替えが身体全体に出ます。
抱っこされたあとの表情、視線の向き、手足の力の抜け方、そして遊びに戻るタイミングは、その子が安心をどう回復しているかを教えてくれます。

日本女子大学の愛着研究の整理でも、安全基地は養育者が子どもの探索を支える拠点として説明されています。
日常の観察に引き寄せるなら、「泣かない子がよい」「すぐ離れられる子が強い」と考えるより、戻る、整う、また出ていくという流れがあるかを見るほうが、理論の使い方としてずっと正確です。

成人の人間関係への応用視点

成人の対人関係に愛着理論を当てはめるときは、「この人は何型か」と人を分類することより、困ったときに誰を頼れると予想しているかに注目すると理解が進みます。
ここで関わるのが、前に見た内的作業モデルです。
これは、自分は助けを求めてよい存在か、相手は応じてくれる相手かという期待のパターンを、半ば自動的に組み立てる心の枠組みです。

たとえば仕事で小さくないトラブルが起きたとき、筆者自身も「まず誰に連絡するだろう」と考えることがあります。
あの人なら状況を聞いて整理してくれる、でも別の人には後回しにしたくなる、責められる感じが先に立つかもしれない、と頭の中で一瞬のふるい分けが起きます。
この選び方には、その場の合理性だけでなく、「助けを求めたらどう扱われるか」という見込みが混ざっています。
愛着理論は、そうした見込みがどこから来るのかを考えるレンズになります。

ここでの応用は、自己診断や他者診断のためではありません。
むしろ、人間関係のなかで自分がどんな期待パターンを持ち込みやすいかに気づくためのものです。
支援を求めやすい相手がいる一方で、必要があっても近づきにくい相手がいるなら、その差は相手の性格だけでなく、自分の内側の予測にも支えられています。
逆に、相手からの支援を受け取る前に「どうせ迷惑だろう」と結論づける癖があるなら、それも内的作業モデルの働きとして読むことができます。

National Library of Medicineで読める愛着研究の整理でも、内的作業モデルは自己理解と他者理解の見通しに関わる概念として扱われています。
日常では大げさに構えず、連絡先を選ぶとき、弱音を誰の前で出せるか、断られたときにどんな意味づけをしやすいか、といった細部に理論を重ねると、抽象語だった愛着が急に身近になります。

学習を進める3ステップ

日常の観察に愛着理論をつなげたいときは、用語を混ぜず、発達の流れを押さえ、研究上の分類を整理する順で学ぶと、頭の中が散らかりません。
三段ロケットで進めるなら、まず概念の切り分け、次に時間軸の理解、続いて理論枠組みとスタイル分類の復習です。

  1. まずは用語の区別から入ります。
    安全基地は「不安時に戻れて、安心が戻ると探索へ向かえる関係の機能」、内的作業モデルは「人や自分に対する期待の枠組み」、愛着スタイルは「観察や面接で見えてくる行動や語りの分類」と分けておくと混線しません。
    ここが曖昧だと、行動の特徴と心の表象と理論上の機能が一つに見えてしまいます。

  2. 次に、発達段階の並びを整理します。
    ボウルビィの説明では愛着の形成は段階的に進み、乳児は最初から同じ形で特定の相手に結びつくわけではありません。
    時期によって、誰に向かうか、どこまで区別しているか、どのように探索と接近を往復するかが変わります。
    この時間軸が入ると、「今の行動を大人の基準で読みすぎていないか」を考えやすくなります。

  3. さらに、理論枠組みとスタイル分類の復習を置きます。
    ボウルビィが理論化した中核は愛着行動、安全基地、内的作業モデルであり、エインズワースは観察研究から乳児の愛着パターンを精緻化し、その後のSSPにつながりました。
    成人ではAAIのように語りの整合性を見る枠組みが展開しています。
    つまり、理論の骨組み、観察で見える型、成人研究の方法は同じ層ではありません。
    この区別がつくと、「理論」と「測定結果」と「日常の印象」を無理に一つへ押し込まずに済みます。

NOTE

学習と観察のヒントとして使うなら、「この場面では何が不安で、誰が安心の拠点になり、安心のあと何が再開されたか」を順に見ると、愛着理論の核心が日常の出来事として見えてきます。

こうして整理していくと、愛着理論は難しい専門用語の集まりではなく、子どもが大人のもとへ戻る動きや、大人が誰に助けを求めるかという選択のなかで働いている考え方として読めるようになります。
診断や治療の話ではなく、観察の解像度を上げるための道具として捉えると、この理論の使いどころが見えてきます。

  • basics-attachment-overview-guide:愛着理論の基本概説(安全基地・内的作業モデルの短い入門)

編集部へ:上記記事が作成されたら、本文中の「SSP」「AAI」「安全基地」など該当箇所に内部リンクを追加してください(現段階ではスラッグのみ提示)。

まとめ

ボウルビィが理論として組み立てたのは、愛着が発達段階の流れのなかで育ち、安全基地を足場に探索が広がり、その経験が内的作業モデルとして対人期待に残るという全体像でした。
これをエインズワース以降がSSPによる観察、ハーロウの接触快研究、AAIによる成人の語りの検討へとつなぎ、理論と測定の役割分担をはっきりさせました。
保育園で脚にしがみついた子が遊びへ戻る場面、公園で大人のそばに寄ってから滑り台へ向かう場面、職場で誰に相談するか一瞬で選ぶ場面は、その骨組みが日常に現れた断面です。
いま押さえたい修正点は、愛着を母親だけに結びつけず、安定した養育関係の継続性で捉えることです。
原典をたどるならAttachment and Loss三部作の1969年・1973年・1980年を入口に、安全基地内的作業モデル愛着行動を並べて復習すると、理論の見取り図が崩れません。

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長谷川 理沙

心理学系大学院修了。認知心理学・社会心理学を専門とし、年間100本以上の論文に目を通しながら最新の研究動向を分かりやすく解説します。